第21回「ノホホンの会」報告

2013年3月15日(金)午後3時~午後5時(会場:三鷹SOHOパイロットオフィス会議室、参加者:致智望、恵比寿っさん、ジョンレノ・ホツマ、高幡童子、本屋学問)

 今回も、六甲颪さん、狸吉さん、山勘さんが参加できず、メンバーの半数近くが顔を見せない会でしたが、前回同様、時間的にはじっくりディスカッションできました。バイロイト祝祭劇場の粗末な椅子の話からシニアビジネスの将来、納税者の権利と義務、余生をどう送るか、奈良の大仏の製造法、絶望的な原発事故の収束…。いつもながら興味溢れる話題で満ちています。

 六甲颪さんの「『巨人、大鵬、卵焼き』にまつわる四方山話」、残念ながら都合で欠席の山勘さんの書感「日本の虚妄」、エッセイ「3・11と首都圏の帰宅難民」は次回に発表をお願いします。

(今月の書感)
「シニアシフトの衝撃」(恵比寿っさん)/「古代日本の超技術(改定新版)」
(ジョンレノ・ホツマ)/「共謀者たち 政治家と新聞記者を繋ぐ暗黒回廊」
(本屋学問)/「からくり民主主義」(高幡童子)/「日本の虚妄」(山勘)

(今月のネットエッセイ)
「3・11と首都圏の帰宅難民」(山勘)


(事務局)

書感 2013年3月分

古代日本の超技術(改定新版)/志村史夫(講談社 2012年12月発行)


 著者は冒頭で、「古代世界の技術」にも「古代日本の技術」にも、驚かされ、感心させられるのは同じだが、両者のあいだに何か本質的な違いを感じるのもまた事実である。それは、ヨーロッパは石で文明を築き上げ、人間が自然と対立し、自然を支配する文明であるのに対し、日本は木の文明は自然と調和することにあった。

古代日本の匠の技には、驚きや感心を超えて、感動を覚え、畏敬の念を抱いているということに、私も共感を覚えました。

多岐に亘っていますが、目次に沿っていくと、

①五重の塔の心柱の構造について取り上げています。

新しい東京スカイツリーは375mの心柱を挿入した制振システムであり、五重の塔の耐震・耐風構造が原点になっている。
五重の塔の、心柱の振り子作用、(かんぬき)作用、キャップ構造(鉛筆のキャップが積み重ね)により、今までの大きな地震や台風に耐えてきた事実は絶賛に値する。


②日本古来の木造加工技術についてですが、古代から、いろいろな種類の木を適材適所に使われていたところに木の文化と言われてきたことが分かります。例えば、舟は杉と(くすのき)、棺は(まき)、宮は(ひのき)とそれぞれの具体的な特徴を理解していたことに改めて古代人の知識に感心します。


 その中でも(ひのき)が宮などで良く使われている理由ですが、強度もあり木目も優れている欅は、年を経ると欅は急速に弱くなる。しかし、檜は最初の200年位は強度が増していき、新木の強さの戻るのに千数百年を要する。数百~千数百年のオーダーで建造物の寿命を考えると檜になるということを知り、細胞の構造図で分かり易く説明されており、納得がいきました。


古代の加工方法は、木の繊維に沿って(細胞と細胞の間を)はがすので、木の表面がきれいで水をはじくからカビも生えず、耐用年数も違うとあります。半導体の結晶の切断に向いた方向があることと同じ事を実践していることと重なります。現代の加工で機械的に鋸やサンダーを使うということは、表面を磨いても細胞の表面を傷つけていることになるので、耐用年数も違ってくるという説明に納得させられます。


③古代鉄についてですが、古代の釘が1000年のオーダーで長持ちする理由がわかりました。現代の釘とは違う。古代製鉄のタタラ製法技術が、結果的に純度を高く、チタンの含有率を高くしていたことを知りました。

タタラの製法では古代は木や木炭による燃焼のため、そしてタタラの(ふいご)の送風が断続的であるために、炉の温度が上がったり下がったり繰り返されながらの工程になり、溶け始めた鉄の中の不純物を徐々に別けていき、鉄そのものの純度を上げていくという事実に驚きました。これが、現在の製鉄工程のように連続で空気を送り込んで、一気に高温にさせると不純物が混じったまま鉄が溶解してしまい、純度は出なかったことを知りました。


④奈良の大仏建立の謎についてですが、分析結果より、大仏建立に使われた銅が山口県の長登銅山(秋吉洞の近く)のものであった。長登銅山の銅が使われた理由は、ヒ素が多量に含まれておりさらに石灰分が多く含まれており、銅の融点が100度近く低くなることが分かった。長登が訛って奈良と呼ばれるようになったことも分かる気がします。


⑤縄文時代に、ヒスイの玉に穴をあけるのに意外な方法で行なわれており、キリそのものの硬度は必要なく研磨剤をヒスイと同等の硬度があれば開けられることが確認された。
現在でも、極小の穴はレザービームでも開けられるが、開けた穴の入口がテーパーになり、穴自体の表面が荒いという欠点があるようである。


⑥最後に、三内丸山遺跡の巨大な柱ですが、4.2m間隔の等間隔で、全ての柱が内側に2度傾斜しており、互いに倒れにくくした内転びの技法が使われていたことに改めて驚きました。



⑦また、この遺跡から出た釣り針にアスファルトが塗られていたことがわかった。このアスファルトは釣り針に、自生するカラムシなどの繊維で作られた釣り糸を結びつける際、アスファルトを塗って補強したとあります。

私は、ホツマツタヱの海彦・山彦の話のところは未読なのですが、海彦が釣り針にこだわり続けた理由がここに隠されているような気がしてきました。

(ジョンレノ・ホツマ 2013年3月11日)


シニアシフトの衝撃/村田裕之(ダイヤモンド社 2012年11月15日第1刷発行 本体1,600円)

著者は新潟県生まれ。1987年東北大学大学院工学研究科修了。民間企業勤務後、仏国立ポンゼショセ工科大学院国際経営学科修了。日本総合研究所などを経て02年村田アソシエイツ設立、代表に就任。

シニアビジネス分野のパイオニアであり、多くの民間企業の新規事業開発に参画し、シニア向け事業をプロデュースしてきた。

高齢社会研究の第一人者として講演、新聞・雑誌への執筆も多数。経産省「中長期的視点に立った日本版イノベーションシステム構築に向けた調査検討委員会」委員など多くの公職も歴任。

 主な著書に「親が70歳を過ぎたら読む本」「シニアビジネス」「年を重ねるのが楽しくなる!スマートエイジングと言う生き方」「リタイヤ・モラトリアム」がある。


プロローグ 今年の常識は来年の非常識

第Ⅰ部  日本中を席巻するシニアシフトの潮流

第1章  加速化が止まらないシニアシフトの流れ

第2章  シニアビジネス、待ったなし

第Ⅱ部  シニアシフトにどう対処するか

第3章  市場の見方を誤るな

第4章  消費者の変化を見誤るな

第5章  身近な「不」に目を向けよ

第6章  時間消費を勘違いするな

第7 章  頭の新陳代謝を促せ

第8章  非合理の中に商機あり

第9章  「3つのE」を商品に組み込め

第10章 年齢訴求は要注意

第Ⅲ部  更なるシニアシフトで、市場はこうなる

第11章 「高齢者に優しい」を誤解するな

第12章  進む「大家族」への回帰

第13章  巣鴨地蔵通り商店街で「赤パンツ」が売れなくなる日

エピローグ  これから世界中で起こるシニアシフト


 産業界でシニアシフトが加速している。しかし、高度成長期に業績を拡大した企業には、従来のビジネスモデルから脱却出来ない企業も多い。取り組んでいるものの苦戦も見受けられる。シニア市場はマス・マーケットではなく多様なミクロ市場の集合体だ。だから正しいアプローチが出来ていない。

少子高齢化や人口減少社会と言う危機をビジネスチャンスにしようと言う趣旨の類書は既にあるが、大半は経済学者や評論家がマクロデータをもとに論じたものばかりでビジネスの実践にはほとんど役に立たない。著者は日本におけるシニアビジネスの先駆者で、過去14年間にわたり多くの案件に直接かかわり、悪戦苦闘しながら積み上げてきた実践体験をもとに著されていて、そのエッセンスであり机上の空論ではない。生きた知見を述べている。

 大人用紙おむつが赤ちゃん用市場を逆転・リカちゃん人形におばあちゃんが登場・ゲーセンはシニアの遊び場に・平日昼のカラオケ客の6割はシニア・スマフォの主戦場はシニア向け・ファミリー向けでなくなったファミレス・出会いサポートもシニアシフト・TVアナはおばあちゃん(天草インターネットTV)とシニアシフトの加速化が想像以上に激しい。

 60歳以上の人が保有する正味金融資産は≒482兆円でその30%が消費支出に回れば消費税収は≒7兆円。それ以上に重要なのは90兆円の一般会計予算に対して、130兆円が実体経済へ回ると言うこと。しかし、現実には20%も消費されていない。企業が積極的にシニアシフトすることで、より付加価値の高い商品・サービスが生まれ、結果としてシニアの消費も増えると期待できる。

但し、シニア消費は若者消費と同じではない。スマートシニアの増加で市場の性質が変わっている。絶対に使いたくなる商品開発や用途開発が市場を拓く。不満・不安・不便の裏返しが有望市場。売れないと直ぐに棚から外される昨今だが、売れなかった商品こそ次の事業機会が隠されていることが多い。シニアビジネスの基本は、この「不」の発見である。

 シニアは、こと消費は多いがモノ消費は少ないので、いかにこれをつなげるかが大切。

また、本書の中には「立地の良いところに出店すると努力しなくなる。努力するには悪い条件のところが良い」という例も挙げられていて興味深い。また、シニアビジネスは「グローバル・ライフサイクル・ビジネス」になって行くと著者は予測している。


書感: 

確かに時間つぶしに明け暮れているシニアも多い。でも本気で興味を持てるような「こと」であれば、「もの」消費につながると思うし、シニアでも財布のひもは緩める。如何にそのような商品やサービスを提供できるか、売る側の知恵が求められる。キーワードは学習とか健康、長生きではないだろうか。「こと」(時間消費)から「もの」(実経済消費)への誘導が成功すればシニア消費は増えると思う。

今のシニアはお金の使い道がない、と言うのが実態ではないだろうか。私のようなモノ好きは興味本位で消費活動をするが、どうも例外らしい、と感じることがある。著者のいう「非合理の中に商機あり」と言うのも一理ありと思います。従来の常識や俗説に惑わされずにやれることはたくさんあるように思います。シニア市場向けに何かビジネスを検討している方には必読の1冊と言えます。

 私は、シニア市場を対象とした自転車屋(売る+コミュニティ)もこれからは良い商売になるように考えています。

(恵比寿っさん 2013年3月11日)  

   

共謀者たち 政治家と新聞記者を繋ぐ暗黒回廊/河野太郎・牧野洋(講談社 2012年12月 本体1,500円)


 衆議院議員の河野太郎と元日本経済新聞記者の牧野洋が交互に語る形式で、東日本大震災後の原発事故や増税や社会保障問題について、あるいはそれ以前からも、政府がどのような具体的政策をとってきたのか、またとってこなかったのか、そして朝日、読売、毎日、日経、産経の5大紙が、果たしてどれだけの真実を報道してきたのかを検証した興味深い書である。

タイトルに“共謀者たち”とあるように、日本のマスコミが政治家や高級官僚など日本の権力中枢といかに癒着し、馴れ合いの記事を書き、国民を欺いているかを、知る限りの具体例を挙げて検証している点で、マスコミを正義の味方と安易に信じすぎている私たちにはまさに目から鱗ともいえる視点だ。

日本は長く“経済は一流、政治は三流”といわれてきた。そして、役人は二流、マスコミは四流と続く。もちろん、当人たちはそんなことはないと思っているだろうが、巨大津波と原発事故という、関東大震災や阪神淡路大震災でも経験しなかった深刻な被害をもたらした東日本大震災では、はからずもそれが証明されたといっても過言ではない。

とくに原発事故は、今や史上最悪といわれたチェルノブイリを上回る事態になっていることは疑いようもない。高い放射線環境のなかで廃炉に向けた収束作業は一向に進まず、現状維持すらおぼつかない。汚染水は溜まる一方で除染もできず、安全神話はとうに消えて、国と東京電力は “シビアアクシデント”の厳しい現実と向き合う絶望の毎日である。

日本原子力研究所が140億円かけて開発したSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)は、原子力災害が発生した場合に気象情報や放出核種、放出量を入力して被爆線量などをシミュレーションできるものだが、原子力安全技術センターは事故後もその存在や正確なデータ公開を拒み、それを追及した朝日新聞の記者は自分の記事の扱いが小さかったことに不満だったのか、その後退社したという。

原子力安全・保安院のある技術官僚は、会見で炉心溶融の可能性を示唆したとたん、政府筋から発言に圧力をかけられて更迭され、その後炉心溶融はないという政府見解を大手マスコミは追随報道した。実際は周知のとおりだが、これが民主党政権下だったことは驚くばかりだ。暗黒回廊で繋がれた「原子力ムラ」と呼ばれる共同体は、原発事故後もまだ崩れていないのである。

大手紙はすべてがその社説で消費税を上げる必要性を訴え、増税ムードづくりに一役買ったが、その一方で日本新聞協会は、新聞が民主主義と文化の発展に果たす役割を強調し、欧米の新聞なみに軽減税率を要望したという。これをブラックユーモアといわずしてなんと表現するか。さらに、彼らが傘下に置く各テレビ局が払う電波利用料は驚くべき低額で、このリストも公表を拒む総務省を河野議員らが説得して出させたものである。

この他にも、再生可能エネルギーの価格を決める原発推進派、業界の利益に沿った司法判断をする裁判所や行政、政局を重視してお蔵入りになった年金改革法案など、本来、国民が知るべきさまざまな事実が、政治家や権力とメディアとのつながりで隠されてきたと本書はいう。既得権に安住し、調査報道ではなく発表報道に頼る記者クラブの悪弊に疑問を待たず、リビア革命を隣国のエジプトから報じている日本の大新聞の姿勢はいつの日か自らを機能不全に陥らせ、ついには焼き芋屋か八百屋の包み紙程度の用しかなさなくなる。

チェックを受けない権力は腐敗する。調査報道の基本は、国民に代わって権力をチェックすることにある。原発反対の官邸前デモを報じるのが国民目線であるように、調査報道も国民目線であると本書はいう。その意味で、大手紙にはない東京新聞の報道姿勢を評価しているのは、日本にもまだましな新聞が存在するという点で救いになる。

日本の政治が“三流”から、そしてマスコミが“四流”から脱却するためには、チェックされる側とする側、つまり権力と記者が “運命共同体的体質”と決別し、互いが国民目線に徹することだと結んでいるが、実際にはその道程は長く険しいものがある。

(本屋学問 2013年3月13日)

からくり民主主義/高橋秀実(新潮文庫 平成21年12月 590円)


序章  国民の声 クレームの愉しみ

テレビ局にとってクレームの数は視聴率に匹敵する目標

「バカを形にして世に送り出し、人々に「くだらない」と感じさせることで、「良 識」を確認させ、健全な民主主義の発達に資する(放送法)

第1章 親切部隊 小さな親切運動

第2章 自分で考える人々 統一教会とマインドコントロール

意外に良かった国際合同祝福結婚式

第3章 忘れがたきふるさと 世界遺産観光

本音を言えば、今でも合掌をおろしたい

第4章 みんなのエコロジー 諫早湾干拓問題

現状 せいたか泡立ち草の草原に体育館、プール、図書館、がポツポツ

有明海の干満差6m 海抜0mの居住地へ頻繁な浸水被害

地元は無関心 国の施策として潮受け堤防着工

干拓で土地ができたので農地として販売

米の減反施策で休耕 補助金

農業用水は20mの井戸を掘って真水を調達

毎年20cmの地盤沈下で、公共施設は地盤かさ上げ工事

堤防のため海苔養殖が大被害? 海苔はもともとみずもの

ムツゴロウがかわいそう バケツリレーで干潟に真水を

建設省 「大昔にだれかがやったことで、おれは知らない」

堤防の開け閉め実験開始 統計的に意味がある結果を出せる回数は不明

第5章 ガリバーの王国 上九一色村オウム反対運動

第6章 反対の賛成なのだ 沖縄米軍基地問題

第7章 危険な日常 若狭湾原発銀座

第8章 アホの効用 横山ノック知事セクハラ事件

第9章 ぶら下がり天国 富士山青木ヶ原樹海探訪

第10章 平等なゲーム 車椅子バスケットボール

終章   からくり民主主義 あとがきに代えて

「からくり 民主主義」ではなく 「からくり民主 主義」


巻末に村上春樹が解説を寄せている。

本書を一読して、僕が先ず最初に感じたのは、「この本は間違いなく100パーセント高橋秀実の本だ」ということだ。

1.とてもよく調査をする。

2.正当な弱りかたをする(せざるを得ない)。

3.それをできるだけ親切な文章にする。

民主をていねいに取材すると、実態はなになのかわからなくなり弱ってしまう。



ギリシャ、ローマ以後の通説「民主主義=衆愚政」

対比語=寡頭制、君主制、貴族制、独裁、専制、権威主義(ウィキペデイア)

ある賢人の言葉 「民主主義は最悪とは言い切れない」

高幡童子の言葉 「この本は10年以上前に書かれた原稿を再編集したものです。

         しかし、ほとんどの内容は現在も変わっておりません。」

民主主義の問題点

 民の本心は情と欲がからんで複雑 その複雑の総和に正解があるのか?

 兵役なしの民がどれだけ真剣に国の事を考えるか?

 ソクラテスを処刑したギリシャ市民会議、ヒットラーを合法的に選択したドイツ国民の  二の舞を防ぐには?

(高幡童子 2013年3月14日)

 日本の虚妄/大熊信行(論創社刊 4,800円+税)



 本書の「序」は、こう始まる。「戦後25年。―あの敗戦の年に生まれた子供たちが、もう男女ともに25歳になっている。そう思っただけで、なにかクラクラっと、目まいでも起きそうな気持ちになる」。そして大日本言論報国会理事として戦争協力した「戦争責任」を感じる大熊信行だが、戦後はいち早く「転向」してグズグズとしぶる連中の優位に立った。

しかし大熊は、戦時下の戦争協力者には2つの類型があったと言う。1つは資本主義体制の擁護だが、いま1つは社会主義体制への接近を志向するものだ。後者はつまり、戦争体制の強化は全体主義化を促し、本質的には社会主義に接近するという考え方で、そうした密かな志向、期待を持った戦争協力もあったとする。一見、言い訳がましいきらいがないではないが、こうなると戦後の「転向」も「戦争責任論」の視角も変わってくる。

少し話を戻すと、大熊信行(1977年没、84歳)は戦中戦後にわたるわが国知識人中の巨人だが、酒井哲哉東大教授にかかると「戦後思想界から忘れられた男」となる。本書は、著者の代表作「国家悪」(旧版1957年、新版1969年)に続く論集で「日本の虚妄―戦後民主主義批判」(1970年)の[増補版]として2009年に刊行されたもの。
大熊の真骨頂は国家悪の追求にある。例えば、原子力の問題に対して著者はこう言う。なぜ原子力の開放が最初に兵器に利用されたのか。―国家主権がそれを欲したからだ。なぜ原爆投下によるジェノサイドが広島、長崎に遂行されたのか。―国家主権がそれを命じたからだ。なぜ止むことなく原水爆の製造・貯蔵・実験が進行しているのか。―国家主権がそれを欲し、それを命じて止むときがないからだ。なぜ原水爆禁止の宣言、声明、アピールが有効性を発揮し得ないのか。―国家主権がそれに聴従する義務を感じないからだ。

こんな仮定の問答を展開した上で、国家権力には自己拡大という盲目の意思がある。人間の道徳原理は国家に通用しない。国家主権は武力を独占し、戦争を遂行する権利を持ち、忠誠服従を国民に強制する権利を持つという。

これは一見、保守サイドの論陣に見える。しかし実は真逆で、大熊は、大熊という「人間」を主軸において「人間対国家」を考察した上で、非力な人間と国家悪を批判するのだが、そう見えないところが大熊の晦渋を極める論法である。

本書はおおよそ440ページに及ぶ大著だが、「国家悪」が戦後思想史の古典的地位を保っているのに対して、本書は、あまり顧みられない。「戦後思想界から忘れられた男」の感をいなめない。個々の収録論文の発表時は思想界に大きな波紋を広げた実績は、本書「解題」筆者の榊原明夫が丹念に追跡している通りなのだが、本書の紙価は冴えない。
その第一の理由として榊原は、著者が「軍事占領下に政治上の民主主義が在ったという考え方は虚妄を宿す」(第8章ほか)だと言ったことを挙げる。つまり戦後民主主義を虚妄だとして否定するのは、保守サイドの改憲論に利するものとして革新派の無視にあった。

大熊は本書を、雑誌でも読むように好きなところを拾い読みしろと言っているが、それをやるとこの著者は右なのか左なのかその立ち位置がわからなくなる。
例えば、自らの平和主義の実践上の帰結として「国家への忠誠拒否」のコースもあり得ると説き、丸山真男の「忠誠」と「反逆」の間に何のアクションも起こさない「抵抗」の概念を打ち出すなど、きわめて平和論的で非政治的人間の人権を擁護する。
しかし後に大熊は、GHQを批判し、アメリカという異民族による日本征服を批判し、積極的な民族独立を説いて「右傾化」したと見られたが、そう単純ではない。

本書の序は戦後25年と書き出したが今は2013年、戦後と言うなら68年だ。保守と革新の十字路に立ち続けた大熊の視点は、戦後思想史を俯瞰する好著とも言えよう。

 (山勘 2013年3月15日)

エッセイ 2013年3月分

3・11と首都圏の帰宅難民

東日本大震災から2年。被災地の苦労とは比べようもないが、3・11当日は首都圏においても交通網や通信網など都市機能全般が麻痺して近代都市とは思えない状況が現出した。とりわけ都心部は帰宅の足を奪われた人々で大混乱をきたした。私もその中の一人だった。

読売新聞(3月12日付)によるといま、3・11の教訓から首都圏で発生する帰宅困難者の受け入れ対策が進められているという。たとえば森ビルは「六本木ヒルズ」に10万食の非常食を備蓄し、地域住民や社員のほか約5,000人の被災者受け入れに備えているという。

JR東日本では3・11震災時に、一部の駅で乗降客を構内から締め出す形となって非難を浴びた経験から、安全を確認できた駅舎を一時避難所として開放する方針を社内に徹底する。また昨年から新宿、渋谷、横浜など首都圏の主要30駅に計3万人分の飲料水や毛布を配備した。その他、戸田建設、三井不動産など、民間企業の対策が紹介されている。昨年、都が定めた「帰宅困難者対策条例」で行政と企業との連携が進んだという。

 さて私の体験だが、3・11震災の直後、四谷から新宿へと幹線道路を歩いた。道を行く人の群れは身動きが取れない状態で移動していた。デパートや大型ビルはほとんどがシャッターを下ろし、配置された警備員の姿も散見された。一般車は進入禁止で日常の騒音も途絶え、夕刻にはまだ間のある昼中の、人だけがあふれる異様な街の光景だった。

 新宿西口のバスターミナルでは、来るか来ないか分からぬようなバスを待つ人々や行き場のない人々が、夜の帳が深まっても冷たい風に吹きさらされながら密集していた。

 その中で、異様に温かい雰囲気を醸していたのがバスターミナルに隣接する京王百貨店だった。営業を中止して、行き場を失った人々を店内に受け入れていた。店内は人々であふれ、階段にはひな壇のように人々がぎっしりと肩を寄せて座り込んでいた。1階フロアーだけでは収容しきれなくなり徐々に上のフロアーも開放していったようだ。老人などには特別に店員が声をかけ、売り場のブースにまで入れて店員用の小さな椅子に腰かけさせていた。

 店内放送では交通情報などを随時流し、店員たちが大きな声で人々を新しい場所に誘導し、トイレ待ちの人々を整列させるなどしてトラブルを防いでいた。電鉄、バスなど交通事業を持つ京王グループだからこうした対応を取ったと思われるが、乗客を締め出したという一部のJR駅との差は大きい。なによりあの日シャッターを閉めて警備員を立てていた多くのビルと京王百貨店の対応には天地の違いが感じられた。

 震災の翌日、ニュースを気にしていたが、京王百貨店の話は私の目につかなかった。一百貨店の奉仕を喧伝するのは、マスコミとしては他の百貨店やビル持ちスポンサーに気兼ねするところがあるのかもしれないとも思ったが、これは邪推だろう。

この原稿を書くにあたって京王百貨店に電話取材した。同店は3・11当日、18時に営業を中止し、帰宅困難者を受け入れた。受け入れた人数は4,000人を超えた。鉄道の運転再開後も店内に残って朝を迎えた人は80人。ちなみにトラブルは1件もなかったという。

 ともあれ、読売新聞の伝える企業の帰宅困難者対策への取り組みは歓迎すべき動きである。企業の社会的責任が言われて久しいが、これまでは災害時における企業の力と設備を活用した直接的な役割というような視点は、おそらく欠如していたのではないだろうか。

それにつけても京王百貨店の“瞬発力”のある対応の陰には、経営トップの経営理念と日頃の社員教育があるものと思われる。他山の石とすべきであろう。 

(山勘 2013年3月15日)